
アポロンメディア社長マーベリックが起こした事件は、シュテルンビルトを大混乱に陥れた。
殺人と言う濡れ衣を着せられた鏑木虎徹事、ワイルドタイガーの無実を、全ヒーローが証明し首謀者マーベリックは捕まり、ヒーロー達の団結力が高まりこれから…と言うところで、現役を引退し忽然と姿を消したワイルドタイガー。
彼が突然ヒーローを辞めたのを知りたがる者が後を絶たなかったが、顔と名前以外一切情報が無くどこを調べても名前と顔、ワイルドタイガーである事以外情報が出なかった。
*
あれから数年経ち、人々から事件の記憶が薄れて行った頃。
KOHに何度か返り咲きバーナビーと競い合い輝かしい活躍をしたスカイハイが、引退を表明した。
「私は今迄様々な人たちに助けられここ迄これたと思う。次は若い世代達にも私が得た素晴らしい経験をしてもらいたい。最後に、応援してくれた全ての人へ。ありがとうそしてシュテルンビルトの皆をずっと愛している」
敬礼をした。
今迄以上に美しい敬礼だと彼のファン以外の人間も褒め称えた。
各スポンサーへの挨拶とメディアへの会見とパーティーを終わらせ、本当に仲間うちでヒーローとして最後に参加するパーティ。
「スカイハイもヒーロー辞めちゃうんだもん…」
ドラゴンキッドことホァンが一口サーモンのムニエルを頬張り、目の前にいるスカイハイを複雑な表情で見る。
少年の様な容姿から、愛らしいレディに成長し昔の面影は変わらない口調だけで、淡い黄色の胸元が少しあいたドレスに身を包んでいる。
きっと昔の彼女なら着なかったであろう。
しかし成長するにつれ、彼女はブルーローズに劣らない人気を得ていた。
ワイルドタイガーが引退しその後、ロックバイソンとファイヤーエンブレムもヒーローを引退した。
ロックバイソンはヒーローアカデミーで、未来のヒーローを育てている。
彼の人間味の溢れた性格と現役時代の話が聞けると言う事で、彼が行う授業はいつも人気である。
ファイヤーエンブレムは事業の拡大に伴い忙しくてヒーローを続けられない事と、優秀な新人が増えたので世代交代よね♡と言ってあっさり引退してしまったのだ。
HERO=スカイハイと言う世代のホァンはどうしても納得していなかった。
贔屓を取り除いても、スカイハイはまだまだ現役でいける。いや、今出て来ている新人ヒーローよりも能力が優れているのだ。
そうなっていくと辞めて欲しくないと考えてしまう。
「そうだね。私もそろそろ潮時だったんだ。これからは若い世代である君達が頑張って行くんだよ?其れに今はバーナビー君がKOHだ。その座を君達が追わねばならないんだよ?」
黒いタキシード、少し大人の渋みを増した顔。落ち着いて深みのある声。優しく紳士的な物腰。
今日は素顔のままだから本名で呼んでみたいが、どうも照れ臭くてヒーロー名のスカイハイと呼んでしまう。
手にしたグラスの白ワインを口に含む。以前より少しだけ髪が短くなり、整った顔が不意に寂しく映る。
「ボク…スカイハイがKOH何だもん。バーナビーも素敵だけど、違うよ」
「そんなこと無いさ。彼は私よりヒーローだよ」
ポンとホァンの頭に手をのせ、バーナビー君の次は君達が市民の見本になるんだよ。と優しくつぶやく。
「ズルいよ。タイガーも同じ事言ったんだ。スカイハイもズルいよ…そんな事言われたら断れないよ…」
「ズルくてすまない。私の最後のわがままを許してくれ」
憧れていた。絶対的存在だった。スカイハイとタイガーが褒めてくれるから嬉しかった。次は僕がそう思われないといけないんだね。
ボクは…絶対にバーナビーには負けないよ。
*
「今日の主役が何してるんですか?」
「やぁバーナビー君。最後KOHになれなかったのが悔しいから此処で不貞腐れていたのさ」
右手を上げ、爽やかに答えてしまわれると正直つまらなくなってしまう。
スカイハイの隣に肘をつき空を見た。
「あの人は元気ですか?」
手にしていたミネラルウォーターを、くいっと含む。
白いタキシードがさらに彼の魅力を引き立てる。
セミロングの金色の髪が風をはらんで波打つ。ユラユラ、ゆらゆらと。
歳を重ねた分バーナビーは益々美しい顔立ちになって、世の女性が彼に酔いしれている。
「いきなりだ。そして私の話ではないのが悲しい」
「当たり前でしょう?あなたとは随分競わせて頂きましたから、貴方では無くあの人の話が聞きたいんです」
整った顔を向ける。
彼の言うあの人は一人しかいない。暫くバディを組んでいたワイルドタイガー。
マーベリックの事件に巻き込まれたあと、自身の無実を証明しその後すぐに引退した。
「変だね?バーナビー君。そんなに気になるなら、私の家にくればいいじゃないか。楓も喜ぶ」
君の家と私の家はご近所さんじゃないか。と付け加えるとバーナビーはメガネを曇らせる。
貴方がいるからいけないんですよ。と反論した。
「楓ちゃんは今でも僕のファンで居てくれていますからね」
「そうだ。楓は私よりバーナビー君がお気に入りでね。いつバーナビー君が来るのかをずっと聞かれているんだよ。もう気兼ね無く来ればいいじゃないか。彼女も楓も喜ぶ」
「良いんですか?僕が行って奪ってしまうかもしれませんよ?」
獲物を狙う様な瞳とニヤリと口角を上げて、バーナビーは横目で一言言う。
其れに応える様にスカイハイは、同じ様に口角を上げて笑う。
「奪えるものなら、とっくに奪っていただろう?バーナビー君は出来ないよ。もし其れで彼女が君に振り向いたなら、バーナビー君以上の愛で奪い返すよ」
一瞬風がスカイハイの身体にまとわりつく。その風は全てを切り裂くかまいたちの様に、冷たく周囲を震わせる。
全く彼女の話になるとスカイハイはいつもこうだ。と本人の前でゴチた。
「…ふっ。貴方には負けましたよ。貴方を敵にまわして良い事などありませんからね。僕はとっくに諦めていますよ」
こんな時でも貴方には冗談が通じませんか?と言い笑い出した。
ああ…彼女は特別でね…。言いながら照れ笑いをする。
「引越しは何時ですか?」
「3週間後だよ。それまでに来るんだよ。バーナビー君」
「考えておきますよ。虎徹さんによろしくお伝えください」
もう僕の入り込める隙がない。この恋は完全に負けたのだと、改めて思った。
「あ、バーナビーさんスカイハイさんいないと思ったらここに居たんですね…。引退して次はどうされるのですか?」
「ああ、折紙君。まだ何も考えていないよ」
バルコニーでバーナビー君と少しだけ夜風に当たっていた。
しばらくやめていた酒で少し酔ったのかもしれ無いよ。と手をヒラヒラさせた。
折紙は急に背が伸びた様で、190cmぐらいの長身でヒーローの誰よりも整った顔つきで少しだけ後ろ向きだった性格もずいぶん成長した。まさに王子様と言ったところだ。
顔出しをもししたなら、バーナビー君よりもモテるだろうね。と一言言うと、
当然バーナビーと折紙は苦笑していた。
「折紙先輩は王子様なら、さしずめ僕はキングですね」
至極真顔で、言い放つバーナビーの顔がどうしてもおかしくてふき出してしまう。
「ぷっ!バーナビーさん…余り言い慣れない事言わない方がいいですよ」
「たまにはいいじゃないですか。折紙先輩」
たわいもない話ができる事が素晴らしい。と目を細める。
「いつも話の輪にワイルド君がいたね。いなくても話せると言う事は私たちが成長したと言う事だね」
「…そうですね。虎徹さんはいつも居ましたからね。あの人は本当にお節介でしたよ」
「タイガーさんは今元気なのでしょうか?」
「元気に決まってますよ。あの人ですよ?」
「そうでした。タイガーさんですもんね」
「ワイルド君はいつだって元気だ」
其れでは。とバーナビーは会場の中に戻って行く。
アニエスさんを待たせておくと、とんでもない仕事させられそうですからね。と笑いながら。
その笑顔は張り付いたものでは無くごく自然な笑顔だった。
「スカイハイさんは、この後何かされるのですか?」
「何かと言うと…?仕事かい?」
「え、まぁそのままヒーローでは無く一般社員で会社に残られるで御座るか?」
折紙の言葉に耳を傾け、少し考える。そして
「暫く旅に出て、田舎の方に引越しをしようかと思っているんだ」
「引越し、で御座るか?」
「この街は好きだけど、私はもっと色々見てみたいんだ。私はヒーローしかやってこれなかったからね。ヒーローじゃない私は何もかも新人だからね」
「辞めてしまわれる…と言う事ですよね…」
「辞める事をネガティブに捉えてはいけないよ?再出発だ。引越しをしたら是非遊びに来てくれ」
そう言い終わる頃と同じ瞬間、折紙の顔が涙でクシャクシャになっている。
彼もホァンと同じでヒーロー=スカイハイなのだ。
辞めて欲しくない。でも本人が決めてしまった。だったらポセイドンラインに一般社員で残れば少なくても会えるし、アドバイスがもらえると踏んでいたから。
しかしスカイハイはシュテルンビルトから離れると言った。
その言葉が一気に自分を突き放されてしまった気持ちになっていた。お門違いもわかっている。でも感情が先走ってしまい涙が抑える事ができない。
そっとスカイハイは折紙の手を取る。
「私より背の高い折紙君の頭を抱えて上げたり、胸を貸す事が難しいけど、私は何時だって君達と一緒だよ。だから泣かないで。そんなに泣かれると私はとても悲しい。そして街を離れる事を戸惑ってしまう」
「じゃあ!何故…」
「んーこの話はバーナビー君しか知らないけど、内緒に折紙君に教えるよ。私はね前に結婚したんだよ」
折紙はスカイハイの顔を見る。
全く気づかなかったのだ。普段通りで何時も早くに来てトレーニングをし、誰よりも仕事以外でパトロールをしていたのを知っていたからだ。
「奥方殿は…」
「良い奥さんだよ。彼女はヒーローの私がスキャンダルがあってはいけないと一緒に住んでくれなかったんだ。最近だよ?一緒に住んでくれたのも。ただ、彼女のお義母様がね体調がよく無いみたいでね。其れで彼女のお義母様のところへ引越しをするんだよ」
何も言葉が出てこなかった。自分のちょっとした気持ちでとどまって欲しいと言いかけた自分は情けなく感じた。
何故折紙君が寂しい顔をするんだい?そこ迄思ってくれているのが実に嬉しいよ。と屈託の無い顔を向ける。
「引越しの日にちを教えて欲しいで御座る。手伝いにいくで御座る」
「其れは助かる!とても助かる!」
ばっ!と両手を広げる。ピンと伸ばされた指先がとても懐かしく感じた。
*
みんなとのパーティも終わり帰宅する時間になった。
フェイスメットを抱き、今迄を噛み締める。自分は多くの人々を助けてこられただろうか?自分はみんなにヒーローとして認められていただろうか?いや、私は彼女の為だけにヒーローをしていたのかもしれないな…。少しだけ自傷気味に笑いフェイスメットに口付けをした。
「さようなら。スカイハイ…。君にはすごくお世話になった…。私を運命に人に引き合わせてくれた。もう2度とキミに会えないと思うが寂しいが、ありがとうそしてありがとう…」
*
「ただいま。みんな」
「お帰りなさい!キース!お母さんすっごい寂しがってたよー」
がば!とキースの右腕に抱きつく。
ハイスクールに通う楓はすっかり大人びて、虎徹ににて綺麗になっている。
「ちょ!楓!何言ってんの」
リビングからあわてて出てくる。洗い物の途中だったのかエプロンで手の水気を拭いながら出て来た。
「本当かい?虎徹!」
「目ぇキラキラさせていってんじゃねー!うっせーよ!ほら疲れてんだろ!風呂入ってこいよ。楓ももう遅いから寝なさい!」
「子供扱いしないでよ!お母さん!いい加減そのツンデレやめてよね!」
ぷー!とふくれて楓は自室に戻っていく。
全く素直じゃないお母さんを持ってると娘も大変だわ…。と一言漏らしたのはキースにだけ聞こえていて微笑んでしまう。
「虎徹…ただいま」
「…お帰り。キース」
そっと腰を抱き軽くチュッとキスをする。未だになれないのか虎徹はすぐに真っ赤になりうつむく。
照れる虎徹を胸元に引き寄せた。お互いの鼓動が聞こえてくるようで気恥ずかしくて回す手に力が入る。
「キース…お風呂入れ。疲れてるだろ?」
「少しだけ…少しだけでいいんだ虎徹…」
「全く…」
キースの背中をさする。子供をあやすように優しく。
「虎徹…私はいいヒーローだったかい?」
「ああ…。最高のヒーローさ」
「虎徹が憧れるレジェンドよりもかい?」
「レジェンドと一緒にするな。俺はレジェンドは憧れで尊敬なの。キ、スカイハイには全てが愛…しいヒーローなの」
「私は自慢出来るヒーローかい?」
「おう…。俺の自慢のヒーローだ」
「……スカイハイと言うヒーローをなくした私は、どうしたらいいと思う?」
目を見つめ切なそうに呟く。いつもの笑顔じゃない。きっと不安なんだろう…。今迄生きて来た人生の大事な時期をヒーローと言う大役をして来たのだから。
自分も悩んだ。生涯現役だと思っていたが、どうしても身体が悲鳴を上げてしまって続けられなかった。
キースの能力は衰えてもいないし、まだまだ十分現役でいけるだろう…。
ヒーローを引退させてしまう理由も自分にある。しかし二人で話をして十分に話をして決めた事だ。
「キースは、スカイハイと言う仮面をつけてないと俺や楓、新しい命も守れないって言うのか?俺はスカイハイと言うヒーローに惚れたんじゃねぇ。キース・グッドマンと言う男に惚れたんだ。俺が惚れた男が泣きそうな顔してんじゃねぇよ」
「そう言う虎徹が涙を流してると私は弱気になれないよ…虎徹…。だから私は虎徹が好きなんだ…」
「この酔っぱらいめ!さー、さっさと風呂に入る!」
「こ、虎徹!?」
甘い空気はどこへやら、どんとキースの背中を押しバスルームに押し込んだ。
「バカ。さっさと風呂入って頭冷やしてこい!」
「あー、お母さんは本当にフラグたててはすぐに折っちゃうんだから…」
二人の様子を見た楓はがっくりと肩を落とすのであった。
*
「??これはどういう事だい?」
お風呂から上がって開口一番がそれだった。
「やあキースさん…言われた通りに来ましたよ」
リビングでくつろいでいるバーナビーを見て思わず声が漏れた。
普段通りのライダージャケットでまったりくつろぎあまつさえ、優雅に紅茶を飲んでいる。
「え?キースが呼んだんじゃないのか?」
バーナビーに紅茶を注いでお茶請けのケーキを出してから、やっとキースの言葉に反応した。
「いや、あの…確かに誘ったんだが…」
「それより虎徹さん。益々お美しくなって…。どうです僕が幸せにして差し上げますよ?」
「バニーちゃんも冗談言うようになったんだな!おじさん嬉しいわぁ!」
「おじさんと言う癖まだ抜けないんですか?」
「ヒーロー達の前じゃ抜けないさ。困ったもんだよ」
ぎゅっと虎徹の手を握りキースが居る目の前で堂々と人妻を口説いている悪い兎と、全く気がついてない虎のやり取りを見て微笑ましいのかなんなのか分からなくなっていた。
「で、少し小腹がすいてないか?軽くお茶漬けでも食べる?キースにバニーちゃん」
「そうだね。虎徹お願いしたいそして鮭がいいな」
「虎徹さんが作るものなら何でも。僕も鮭がいいですね。少し塩気のあるものが恋しいと思っていました」
「バニーちゃんそのケーキは食後でいい?」
「ええ、お願いします」
「虎徹…私も…」
「ケーキだろ?キースには特別に大きいサイズで作ってあるよ」
「本当かい!虎徹君!愛してるよ」
ったく!これだから見たくなかったんですよ…。一人ごちるバーナビーであった。