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  • 5

    とても気持ち良く眠れたんだ。
    とってもふわふわしていて、甘い香りがするんだ。
    久しぶりに緊張せずに眠れたんだ。

    「ん…」
    「よう。よく眠れたかい?ヒーロー?」

    聞き慣れない声と自分の部屋ではない事に辺りを見渡す。

    「ワ…虎徹君…?ここは?」
    「俺ン家。お前は酔い潰れてここに運んだ。酔い覚めてるか?朝食作ったけど食えるか?」
    「是非頂こうかな!」

    昨日一日目まぐるしくて、状況に着いていけてない。
    でもなぜだろうワクワクが止まらなかった。
    上半身何も着ていない事に気が付くと、お前の洋服乾いてる筈だからキチンと着て降りて来い。と声がした。

    綺麗に掃除されたメゾネットで、リビングには大きなシアターラックが並んでいた。

    「あー、嫌いな物ないよな?って今更言われても此れしかねぇんだけどな」
    「いや、十分だよ!素晴らしい!そして素晴らしい!」
    「何感激してんだよ。簡単なホットサンドだろう?卵とマヨネーズたっぷりの」
    「いやいや、私は卵もマヨネーズも大好きだ!」
    「朝からテンション高いねぇ。ま、其れが本当のキースなんだろう?」

    名前で呼ばれている事に心臓が跳ね上がる。
    同性にただ当たり前な事を言われているだけなのに、何故か心臓の音がうるさくてたまらない。

    「どうした?二日酔いか?」

    ずいっと目の前に虎徹の顔があった。
    いつもみたいに前髪の右側をあげておらず、全ての前髪がおりていて幼い印象がした。
    昨日も見た琥珀色の瞳。虎徹が務めている会社に出会った女性と同じ瞳の色。
    東洋人とはこんなにも肌がきめ細かいのだろうか?
    童顔で自分と同じ歳だと言っても良いぐらいで。逆に自分が老けて見えるのではないだろうか?

    ブルブルと頭(がぶり)を振った。
    いけない。虎徹は同性で先輩ヒーロー何だ。女性と間違える事すら失礼だ。

    「酔いはもう覚めてるよ。虎徹君のお陰だ。しかし美味しいよ」
    「そっか。気に入って良かったよ。あ、キース上着も昨日の臭いは取れてる筈だから、そのまま来て出社しても問題ないだろう」
    「何から何まですまない。そしてありがとう」
    「気にすんな。オッサンの気遣いだ」

    ひらひらと片手を仰いだ。
    気持ち少しだけ顔がほころんでいるように見えた。

    左手のリングが悲しげに揺れている。

    「虎徹君は結婚しているのかい?だったら私が長居していては迷惑がかかる」
    「……」
    「虎徹君?」
    「ぷっ、あはははははは!朝からクソ真面目顏で…!」
    「何かおかしな事を言ってしまったかい?」
    「いやいや、悪い悪い。大事な人とはちょっと前に死別してんだ。一人娘は、ほれ俺たちはこう言う危険な商売だろ?何かあっては遅いからお袋に預けてんの」

    ケラケラ笑いながら話す虎徹君が少し淋しそうに映った。

    「無理しないで、虎徹君が辛い顔していると私も辛い」
    「…お前たまにすごい事言うのな…。いい男だぜ全く」

    またポンポンと髪を撫でる。
    何処となく緩やかな表情で。

    「俺も大事な人も何一つ後悔してない。無理言ってんじゃないぞ?人間ってのはいつか前に進まなければいけない。その先に進むのが俺は少し早かっただけだ」

    此れが人間の強さと言うものなんだろうと、改めて痛感した。
    彼はやはりヒーローなのだ。

    「また後でな。俺は片付けてからいくよ」
    「手伝うよ」
    「何言ってんだよ。キースにはしなければいけない事があるだろう?無用な監視をやめさせる事。自分を見失わないようにする事。じゃないといつかプレッシャーに押し潰されるぞ」

    何も言葉が出なかった。この人はここ迄自分の事をみていたのか。
    気を遣っていたつもりで、相手に気を遣わせていた事に驚きを隠せなかった。

    「何年ヒーローやってると思ったんだ?さて此処からキースの会社迄はすごく遠いんだ。電車乗ってサラリーマンして来い」

    ドンと背中を叩かれた。

    「本当にありがとう。このお礼はいつか…」
    「要らねーっつってんだろ?あ、此れ俺のプライベート携帯の番号。飲みに行くなら何時でも誘えよ」
    「ありがとう!そしてありがとう!是非お誘いするよ!」

    おー行ってらっしゃい。と手を降り見送ってくれる。
    何度も何度も振り返ると、いい加減にしろよー!と言われる始末。
    それだけ嬉しいんだ!とっても嬉しいんだ!

    虎徹君に会いに行ける事と、あの女性に会えるかも知れない事がこんなにも嬉しいんだ。
    何時もと違うこの景色がとても綺麗だ。朝の空気がこんなに清々しいなんてすっかり忘れていたよ。

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