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とても気持ち良く眠れたんだ。
とってもふわふわしていて、甘い香りがするんだ。
久しぶりに緊張せずに眠れたんだ。「ん…」
「よう。よく眠れたかい?ヒーロー?」聞き慣れない声と自分の部屋ではない事に辺りを見渡す。
「ワ…虎徹君…?ここは?」
「俺ン家。お前は酔い潰れてここに運んだ。酔い覚めてるか?朝食作ったけど食えるか?」
「是非頂こうかな!」昨日一日目まぐるしくて、状況に着いていけてない。
でもなぜだろうワクワクが止まらなかった。
上半身何も着ていない事に気が付くと、お前の洋服乾いてる筈だからキチンと着て降りて来い。と声がした。綺麗に掃除されたメゾネットで、リビングには大きなシアターラックが並んでいた。
「あー、嫌いな物ないよな?って今更言われても此れしかねぇんだけどな」
「いや、十分だよ!素晴らしい!そして素晴らしい!」
「何感激してんだよ。簡単なホットサンドだろう?卵とマヨネーズたっぷりの」
「いやいや、私は卵もマヨネーズも大好きだ!」
「朝からテンション高いねぇ。ま、其れが本当のキースなんだろう?」名前で呼ばれている事に心臓が跳ね上がる。
同性にただ当たり前な事を言われているだけなのに、何故か心臓の音がうるさくてたまらない。「どうした?二日酔いか?」
ずいっと目の前に虎徹の顔があった。
いつもみたいに前髪の右側をあげておらず、全ての前髪がおりていて幼い印象がした。
昨日も見た琥珀色の瞳。虎徹が務めている会社に出会った女性と同じ瞳の色。
東洋人とはこんなにも肌がきめ細かいのだろうか?
童顔で自分と同じ歳だと言っても良いぐらいで。逆に自分が老けて見えるのではないだろうか?ブルブルと頭(がぶり)を振った。
いけない。虎徹は同性で先輩ヒーロー何だ。女性と間違える事すら失礼だ。「酔いはもう覚めてるよ。虎徹君のお陰だ。しかし美味しいよ」
「そっか。気に入って良かったよ。あ、キース上着も昨日の臭いは取れてる筈だから、そのまま来て出社しても問題ないだろう」
「何から何まですまない。そしてありがとう」
「気にすんな。オッサンの気遣いだ」ひらひらと片手を仰いだ。
気持ち少しだけ顔がほころんでいるように見えた。左手のリングが悲しげに揺れている。
「虎徹君は結婚しているのかい?だったら私が長居していては迷惑がかかる」
「……」
「虎徹君?」
「ぷっ、あはははははは!朝からクソ真面目顏で…!」
「何かおかしな事を言ってしまったかい?」
「いやいや、悪い悪い。大事な人とはちょっと前に死別してんだ。一人娘は、ほれ俺たちはこう言う危険な商売だろ?何かあっては遅いからお袋に預けてんの」ケラケラ笑いながら話す虎徹君が少し淋しそうに映った。
「無理しないで、虎徹君が辛い顔していると私も辛い」
「…お前たまにすごい事言うのな…。いい男だぜ全く」またポンポンと髪を撫でる。
何処となく緩やかな表情で。「俺も大事な人も何一つ後悔してない。無理言ってんじゃないぞ?人間ってのはいつか前に進まなければいけない。その先に進むのが俺は少し早かっただけだ」
此れが人間の強さと言うものなんだろうと、改めて痛感した。
彼はやはりヒーローなのだ。「また後でな。俺は片付けてからいくよ」
「手伝うよ」
「何言ってんだよ。キースにはしなければいけない事があるだろう?無用な監視をやめさせる事。自分を見失わないようにする事。じゃないといつかプレッシャーに押し潰されるぞ」何も言葉が出なかった。この人はここ迄自分の事をみていたのか。
気を遣っていたつもりで、相手に気を遣わせていた事に驚きを隠せなかった。「何年ヒーローやってると思ったんだ?さて此処からキースの会社迄はすごく遠いんだ。電車乗ってサラリーマンして来い」
ドンと背中を叩かれた。
「本当にありがとう。このお礼はいつか…」
「要らねーっつってんだろ?あ、此れ俺のプライベート携帯の番号。飲みに行くなら何時でも誘えよ」
「ありがとう!そしてありがとう!是非お誘いするよ!」おー行ってらっしゃい。と手を降り見送ってくれる。
何度も何度も振り返ると、いい加減にしろよー!と言われる始末。
それだけ嬉しいんだ!とっても嬉しいんだ!虎徹君に会いに行ける事と、あの女性に会えるかも知れない事がこんなにも嬉しいんだ。
何時もと違うこの景色がとても綺麗だ。朝の空気がこんなに清々しいなんてすっかり忘れていたよ。