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兎に角張り切って仕事をこなした。
事務作業とヒーロースーツの調整、スポンサーへの挨拶。
上司も上機嫌で成績も悪く無いし、評判も上々。仕事も早くこなしてくれたから今日は定時に上がっても良いと許可が出た。
何かいい事あったのか?と聞かれ、今日は友人たちと食事なんです。と一言言った。
たまにしか無いんだから羽を伸ばしてこい。と背中を叩かれる始末だ。
其処まで浮かれていたのだろうか?
浮き足立つ気持ちを押さえ仕事をした自分に、頑張った!と言いたかった。よし。迎えに来て頂くのは失礼だ。
此方からワイルドタイガー先輩の所まで行こう。途中で連絡を入れよう。気持ちが先に進んでしまい、大地を踏む踵が少しだけリズムを刻んでいるようだった。
「あー、ベンさん。今日俺定時で上がるからー」
「お前さん何時だって定時じゃないか。今日は偉くご機嫌だな」
「あら?気が付いた?今日は期待の新人ヒーローを交えての飲み会なんだよ」
「全く。その期待の新人ヒーローに粗相するんじゃないぞ?ワイルドタイガーの評判をこれ以上落とさんでくれよ?」うっせーよ。と笑い飛ばした。
虎徹は壁にかけてある時計とにらめっこをしていた。
早く終われー!と念を込めながら。
其れを見ていたベンは、そんなに睨まんでももうすぐじゃないか。と言うほどだった。「私とした事が…。連絡を入れる前にワイルドタイガー先輩の所についてしまった…。アポイントメント取っている訳でもないのに困った。非常に困った」
会社のエントランスでウロウロしては、待合用のソファーにかけてみたり側からみると明らかに不審者だ。
あ、とジーンズのポケットを探る。
今朝ワイルドタイガーからもらった携帯番号。連絡する事を忘れてしまっていた。私とした事が…。
業務用端末を渡されているが、あくまで仕事用。プライベートな要件で使用できる訳ではないので自分の携帯を取り出し、もらった番号を打ち込む。
少しだけ震えていた事に、自分がどれだけ緊張しているか手に取るようにわかった。「はい。もしもし…」
「あ、あのワイルドタイガー先輩ですか?」
「お電話待ってたぜー!後10分で俺終わるから。今何処?」
「仕事が早く終わったので、近くまで来てます」
「そっか!定時になったら速攻連絡するから近くのカフェでも待っててくれよ」
「はい!待ってます!」ペコペコとなぜか頭を下げて会話をしていた自分が非常に恥ずかしくなり、その場から離れた。
声がうわずってはいないか?
緊張しているのがばれたのではないか?
ドキドキと波打つ鼓動が五月蝿くて仕方が無かった。「あの、大丈夫ですか?」
突然背後から声を掛けられ、ドキリと身体が上に引きあがる。
「いえ、申し訳ない。ここが広すぎて少し迷子に…」
怪しまれないようにニコニコしながら振り返った。
その時、声が出ないと言う事はこう言う事かもしれない。いや、目が奪われたと言った方がいいのだろうか?
振り返り後ろに居たのは、スラリと長身のスタイルの良い女性だった。
セミロングの漆黒の黒髪と琥珀色の瞳がとても印象的で、見惚れてしまった。「あ、いや、すまない。いや、申し訳ない。出口が分からなくてね…」
しどろもどろになって、自分自身何を口に出しているかよくわからない。
「よくいらっしゃるんですよ。ここは無駄に広いですから。出口迄でよければご案内致しますから。どうぞ」
「すまない。」琥珀色の瞳が暖かく揺れる。
東洋系の神秘的な顔立ち、柔らかな物腰。此れが営業用の対応でも何故か胸が高鳴ってしまった。「あ、あの…ありがとう。非常に助かりました」
「いえいえ。どう致しまして。お仕事ご苦労様です」ニコニコと柔らかな笑顔で出口迄案内してもらい、お礼を言う。
それだけしか言えなかった。
振り返る事も、何かお礼がしたいと言う事も何も出来なかった。
ヨロヨロとすぐ近くの公園のベンチで腰をかけてボーッと思い返す。
素敵な女性だった。綺麗な琥珀色の瞳。柔らかな声、同年齢の女性にはない甘い雰囲気。
大人の女性だった。ブー…ブー…
携帯がなり思わず動揺したが、ディスプレイに『ワイルドタイガー』の表示にハッとした。
「もしもしー。俺だけど、今何処にいるんだ?」
「あ、え、と、公園?かな…?」
「分かった。速攻向かうから其処から動くなよ?」
「よろしくお願いします」たった一人の女性にであっただけでこんなにも動揺するなんて…。
今日は先輩方が用意してくれた大事な食事の場。大いに楽しまなければ!
明日になっても気になるようであれば、また会いにいけるさ!と自分に喝をいれた。暫くしてタイガーが迎えに来た。
どうしたの?何かいい事あった?
ニヤニヤしちゃって~。としきりに聞いてくるもんだから、誤魔化すのが必死だった。