
賽は投げられた「キョオド♀」
「あっ…、牛乳が無い…」
王泥喜は一人暮らしには大きめの冷蔵庫の扉を開け、朝食のシリアルに使用する牛乳がきれていた。
仕事前ならコンビニで菓子パンを買って、と言うのだが、本日休みである。
休みなのに仕事と同じ時間に起きる事は、我ながら習慣は怖いと頭を掻く。早く起きたついでだからスーパーに買い出しに行こう。
冷蔵庫の中身をチェックする。冷凍庫もぬかりなく。
弁護士としてデビュー戦から色々あり、今はとあるなんでも事務所、聞こえは…正直良くはないが、そこでお世話になってはや半年が経とうとしていた。
副所長は憧れていた弁護士、今は『元』弁護士でピアニストの成歩堂龍一と、なんでも消せるパンツを持っているマジシャン、成歩堂さんの娘、みぬきちゃんが所長を務めている。
「取り敢えず、スーパーで買い出し。それから洗濯と掃除だな。」
足りない物をメモし、最近全然使用していなかったメガネをかける。
黒縁メガネでフレームには、ステンドグラスの様な加工がしてひと目で気に入り、数年前に買ったお気に入りのメガネである。
「最近ちょっと使ってなかったし、たまには…」
髪はいつもの様にセットせず、髪を下ろしたまま。まぁ休みだしいいか。と一人で納得する。
王泥喜の住んでいる所から少し離れた場所に、お気に入りのスーパーがある。近くのスーパーより断然安く、特売品がとにかく多い。
成歩堂なんでも事務所の台所を預かることも増え、ご近所の奥様方に教えてもらった。
事務所が『なんでも』事務所なので、ご近所さんのお手伝いやらをしていくうちに仲良くなった。
ココが少し前に弁護した、地域密着型のスーパーである。
含みのある言い方をしたのは、敢えて問わないでいただきたい。
王泥喜も弁護した依頼人家族、いや一家も大好きだから今の状況を喜びたいのだ。
「牛乳と、おっ、合い挽きミンチ安い…。ハンバーグにして冷凍すれば…。買おう。あ、ほうれん草も安い。茹でて冷凍して…」
スーパー入り口に貼ってあるチラシをチャックし、買いたいものを頭の中に入れていく。これもご近所の奥様方に教えてもらった。我ながら、見るところが違ってきてるなと、心のなかで苦笑した。
あーだこーだと1人でブツブツ言いながら、カゴに入れていく。
元々一人暮らしが長く、ご飯をつくるのは好きだ。
アレコレ知らない食べ物を貰ったり食べたりすると、次にその料理に挑戦したくなる。凝り性で飽き性な自分には、料理というものが面白くて仕方がなかった。
それに加えて、ご近所の奥様方にも色々レシピを教えてもらい、更にレパートリーが増えてく。
「おや、弁護士さんじゃないか!よく来たね!」
「小梅さん、いつもここにはお世話になってます」
小梅さんと言うのは、王泥喜が以前弁護した依頼人の母親である。
ふっくらとして人情あふれるオカミさん、と言った感じで箒に仕込んだドスがたまに輝く。
「コレサービスしとくからさ、持ってってちょうだい」
ドン!と大きな鯛を出して、王泥喜のカゴに入れる。
「コレは貰うには、立派すぎですよ!」
「いいんだよ!弁護士さんのお陰で滝太も無事手術出来たんだし」
バシバシ背中を叩かれ、咽返る。その隣で小梅は豪快に笑った。
こ、コレは流石に買い過ぎた。
愛車=自転車を置いてきた自分の馬鹿さ加減に目眩を覚えた。
ココから自宅まで普通に歩いて20分。
重い荷物を考えると、もう少しかかる。
持ってきたエコバックがはち切れんばかりに膨れている。その量たるや、ジッパーが閉まらなくてもう一袋詰めてもなおだ。
小梅から貰った鯛は捌いて、成歩堂なんでも事務所に半分持っていこう。だが、安い!安い!と調子に乗って買い過ぎた。
さすがに冷凍室に全部は無理だ。となると、沢山作ってお裾分け…アオイ、アオイにもタッパに詰めて渡して…、そうだ!アオイを呼ぼう!
アイツ料理なんてできないし、絶対にコンビニ飯だと思うし!
携帯を取り出し、世界一の親友とお互いに言い合う葵大地で登録してあるの短縮ボタンを押し、メールを送る。
『アオイ、忙しくなければ今日晩飯食いに来いよ』
忙しくなければ、すぐにメールが来る。
アオイの好きなものにしようか…、もしくは、最近少し肌寒くなって来たから鍋もいいなぁ。鯛を捌いて、時間があれば鯛めしでもいいな。
来れなかったらまた別の日でも作ればいい。
などと考えながらスーパーを後にした。
****
アオイは今一番忙しいらしく、『オドロキスマン!飯には惹かれるが、缶詰で出られない!』とメールがあった。
アオイ、今一番の踏ん張り時どろうな。夢の第一歩を踏み出している親友に無理も言えない。でも気分はすごく良い。
「雨とか!後ちょっとなのに!」
ぜーはー言いながら後10分ぐらいの所で、雨足が酷くなってきた。
ブツブツ文句言いながら、シャッターの閉まっている店で少し雨宿りをしようと早足で向かう。
一部の空が晴れているのを確認し、通り雨なら少し雨宿りさせてもらおう。ゴソゴソとポッケからハンカチを出し顔を拭う。濡れていなくて助かった。
「ックシュン」
あれ?先客が居たのか?と声がした方を見た。
背が高い。男の人か。あんなに濡れて可哀想に…。結構お洒落してる。デート前だったのかなぁ?などと、普通に先客の男をしげしげと見つめる。
「?あれ?おデコ…くん?」
聞き覚えのある声。ん?おデコ…?
「牙…琉…検事?」
「いつもの髪型じゃなくてビックリしたよ。おデコくん買い物の帰りに降られたの?」
爽やかに腰を屈めて王泥喜の目線にあわせ向けられた笑顔は、相変わらずのキラキラスマイルだ。
と言うか屈むな!自分の背の低さにうなだれる。
検事局はじまって以来の天才。だとか、ミリオンセラーをガンガン出すガリューウェーブのヴォーカリスト。だとか、日本人離れした整った顔。だとか、色々一般人には無いものを持ちすぎている。
「牙琉検事はどうしたんですか?まだ昼前ですよ」
はい。ハンカチどうぞ。濡れてないと思いますけど…。と王泥喜が使っていたものと別のハンカチを出して渡す。どうもありがとう。と牙琉は受け取り、顔を拭う。
こんな動作もサマになるのか、世間の女性、いや、みぬきちゃんが見たら大騒ぎしそうだ。
「朝から良くないコト続きでね。おデコくん相手にストレス発散しようとしたら、キミは休みだとお嬢さんに聞いてね。気分転換に散歩してたら、雨に降られたってワケさ」
「ちょっと!意義アリ!なんで俺がアンタのストレス発散に付き合わなきゃいけないんですか!」
「おデコくん、ボリューム下げてよ。全く鼓膜がおかしくなる」
思いっきり膨れッ面で睨む。
「…。だったら検事は今暇ですよね?荷物持ちしてくれません?」
牙琉の綺麗な顔が凄い勢いで歪んだ。
「どうして僕がおデコくんの荷物持ちなんて…」
「どうせ事務所に来ても愚痴るだけだったんでしょう?雨で喉冷やしてしまっては、歌手としては致命的でしょう。お茶を出してあげますから荷物持ちお願いします。もう重くて指が痛いですよ」
沢山買い込んで詰め込んだエコバックが、王泥喜の指を食い込み指が変色している。
「オーケイ。おデコくん僕が荷物持ちなんて滅多にしないからね。美味しいお茶じゃないと怒るからね」
スッとエコバック2つ肩にかける。
「2つとも持たなくても…」
「僕はおデコくんより脚が長くてね。雨の中チンタラ濡れて歩くのはゴメンだよ。ほら、走っていくからおデコくん先導ヨロシクね」
「なっ!?アンタいちいちムカつく事言いますね!俺全速力で走りますからね」
まだまだ雨が降り続く中、王泥喜達は全力で走った。悔しいかな、脚の長さと言うのはイヤでも物を言う。王泥喜の家に着くまでに牙琉に何度も抜かれては悔しい思いをするのである。
「牙琉検事バスタオル持ってくるんで、玄関で待ってて貰っていいですか?」
スニーカーを脱ぎ捨て、奥の部屋にバスタオルを取りに行く。
牙琉は初めて王泥喜の部屋に通されたので、物珍しさに辺りを見る。
玄関はそんなに広くない。すぐにキッチンがあって、多分アレはユニットバス何だろうか?一人で暮らす分には、こぢんまりとしているが綺麗に片付けられている。
白を基調とした食器棚とキッチン。彼のこだわりなのだろうか、ブラウン色のクリスタルガラスの冷蔵庫が目立った。
それに、調理器具が充実している。彼は料理するのが好きだと言っていた事を思い出しす。
「牙琉検事お待たせしました。バスタオルと着替えのスウェットです。洋服乾く間着替えて下さいね」
「あ、ありがとう。スウェットって?」
「検事…スウェット知らないんですか?」
大きな目をさらに見開いて、王泥喜は牙琉を信じられないように見た。
「部屋着です。あんた芸能人なんだから知らないと思いますけどね!あと多分、検事にはスウェット小さいかも知れませんが、我慢してください。俺が持ってる中では一番サイズの大きなものなんで」
「おデコくん、メガネしてたの?あとツノがないね」
「…今更ですか?ってツノって何ですか。失礼な人ですね…。まぁいいです。今日検事にあった時にもしてましたけど?あ、今日は仕事有ります?」
「どうしてだい?」
「まだ昼前と言っても、午後から仕事あるならそれまでに洋服を乾かさないと…。あと、お風呂で体を温めるなら今から準備しないと…」
ジャケットのポケットから携帯を取り出し、電話をかける。
「あ、刑事くん?今日は一日外に出てるから、何かあったら連絡して。分かったよ。かりんとう5袋で手を打とうじゃないか。ありがとう。じゃあ、御剣検事局長にヨロシクね」
目の前の電話のやり取りに、王泥喜は目を丸くする。
「アンタ…いや、茜さんもかりんとうで買収されるなよ…」
「聞いてた通り、僕は大丈夫だよ。おデコくん」
これでもか。というスマイルを王泥喜に向け、着替えるからお風呂場どこ?僕はシャワーで構わないから。と聞かれ王泥喜はノロノロと呆れ顔で案内した。
******
「短い…ですね」
牙琉に渡した灰色のスウェットは、王泥喜の持っている洋服の中で一番大きなものを渡した。なのに、脚の部分が膝より下の部分からなかった。
「おデコくん本当に足が短い…」
全てを言い切る前に、思いっきり睨みつける。
「ほら、そこに立ってたら身体冷えますよ!適当に座ってて下さい。ブランケット出しますから」
「ありがとう。おデコくん」
温かいミルクティーとちょっとしたお茶受けを出し、王泥喜はお腹が空いていたこと思い出し牙琉に聞いた。
「安い茶葉で申し訳ないですけど、身体は温まりますよ。そうだ。牙琉検事って好き嫌い有ります?」
「ん?食べ物の話かな?人間関係とか…」
「食べ物オンリーで!食べ物じゃなければなんの話ですか!全く!」
これ以上からかうと本気で怒りそうな勢いだったので、食べ物に好き嫌いは特にないよ。と答える。
「お昼ご飯食べていきます?俺、朝ごはん食べそこねたので今から作るんですけど…」
「本当に?頂いてもいいのかな?」
「口に合うかわかりませんけど…」
「いや、是非いただいていくよ」
「分かりました。出来るまでは適当にしててください」
キッチンに向かって行く。
牙琉の通された部屋は、キッチンと同じく白い内装だった。
自分の部屋と違う事、シンプルながら整頓された部屋に好奇心を隠せず色々と見てしまう。
フローリングに黄緑色のラグ。小さなテーブルとベッド。本棚には六法全書とノートと過去の事件の資料。
1冊手に取りパラパラとめくる。びっしりと付箋が貼り付けてあり、蛍光マーカーも沢山引かれて王泥喜の勉強熱心さを伺える。
付箋が邪魔なのか、横に積み上げて本棚ギリギリに詰まっていた。
青い色のカーテンと、32インチぐらいの液晶テレビ。
「随分キッチンと違ってコチラは殺風景だ」
チェストの上にノートパソコンと青い色のフォトフレーム。フォトフレームはスライドして写真が流れる。
多分学生の頃の王泥喜だろうか、凄く幼い。当たり前なのだが、自然と笑みが溢れる。
「おデコくんって年齢不詳だよな」
サンバイザーを付けた男の子と写ってる写真が流れた。其れは1枚ではなく、数十枚、数百枚、サンバイザーの彼と写っている王泥喜は心底楽しそうに笑っていた。
次々とスライドして流れる二人に、牙琉はチクんと痛みを覚えた。
…何だ?
余りにも不思議な感覚で頭を傾げる。
「ソイツは俺の親友で、アオイって言います。今は宇宙飛行士になる為頑張ってるんですよ」
「宇宙飛行士…HATの?」
そうですよ。あ、ちょっとテーブル拭きますね。とテーブルをささっと拭き、手際よくお箸とお椀を並べる。
「牙琉検事の口に合うか分かりませんが…」
スンと良い香りが立ち込める。並べられていく料理を見て牙琉は目を輝かせた。
「大根と豆腐のサラダとロコモコ…あと、豚汁です」
「こ、これ全部おデコくんが作ったの?!」
料理と王泥喜を交互に見ながら、いつもより数倍キラキラさせる。
「はぁそうですけど…」
「あの短時間で?」
「短時間と言っても、2、30分でしょ?これぐらい普通ですよ?と言うか、冷める前に食べてください」
「あ、ごめんね。それでは、いただきます」
ロコモコの上の半熟目玉焼きを、箸で割る。
とろーりと黄身が中から出てハンバーグに絡む。細かく細くせん切りされたキャベツとご飯を口に入れた。その様子を王泥喜はじっと見てしまう。
「ど、どうですか?」
「おいしい!すごく美味しいよ!おデコくん!弁護士より才能あるんじゃない?」
「いやいや、味の感想は嬉しいですけど、弁護士より才能って嬉しくないです!」
「本当の事を言ったつもりだけど…」
「余計に腹立ちますね。アンタ…」
「おデコくんメガネ外したんだ」
「え?あ、アレは学生時代に買ったお気に入りで、久し振りにかけてみたんですよ」
「髪も降ろしてて、最初誰かわからなかった。ジーッと見て、おデコが見えたから、ああ、おデコくんだって気が付いたんだ」
「アンタはおデコで俺と判断するんですか?」
牙琉はきょとん、として、
「そうだよ?」
王泥喜から全力で投げられたふきんは、牙琉の顔面をとらえヒットする。
「ヒドイ!おデコくん、僕の顔にモノをぶつけるなんて、世の女性を敵に回したようなもんだよ!」
突然目の前に来たふきんを顔面に受け、若干目に涙が滲む。
「全ての女性は思ってませんから」
ジト目で牙琉を睨みつつ、豚汁を啜る。あたたかくて、野菜に味がしみて、ほっこりとした。
誰かと御飯食べるのって、いいなぁ。と少しだけ顔がほころぶ。
******
通り雨ではなく、季節外れの台風が来ている。
王泥喜は念のため、成歩堂なんでも事務所の所長事、みぬきにしっかりと戸締まりと今日のビビルバーへはナルホドさんに送り迎えしてもらうようにメールをする。
「雨…ヒドくなってきてますね。ってか茜さんから本当に連絡ないですね」
温かいお茶を入れ、牙琉の前に出す。
「多分今日1日はないと思うよ」
ふぅふぅと吹きかけ、表面の温度を下げお茶を飲む。
「はぁ?」
「刑事くんは空気を読めるからね。まぁいいじゃない」
「まぁ俺は雨のせいで外に出られないので、牙琉検事が気の済むまで雨宿りしていっても構いませんよ」
「いいの?」
「検事が嫌でなければ。それに台風が来ているのに、洋服が乾いたから速攻帰ってください。なんて流石に俺も鬼じゃないんで」
「ありがとう。おデコくん」
*******
気がついたら少し眠っていた。
ブランケットがかけられて、テーブルが移動している。
おデコくんはその間、掃除と洗濯をしていたみたいで、僕の洋服が掛けられていた。
湿気が篭もらないように、除湿機が稼働している。でも喉は乾燥していない。きっと様子を見ながら調節してくれているんだろう。
心地よい感覚で、また眠気が来る。
今はこの贅沢な時間をゆっくり楽しむ。
「疲れてるんですから、俺に構わないでゆっくり寝てください。茜さんから連絡が来たら起こしますから…」
***
醤油のいい香りがした。
目を開けていく。随分と深く眠ってしまったみたいだ。
時計を確認すると20時。本当に熟睡していた。牙琉の洋服はハンガーに掛けられ、シャツはアイロンがかかっている。
「女子力あり過ぎだね」
部屋中を探しても王泥喜の姿が見えない。
テーブルの上に置き手紙があり、
『みぬきちゃん達のご飯が心配なので、ちょっと届けてきます。』
とあった。
台風が来るっていうのに誰かの心配をして、自分のことは後回しで王泥喜らしいと思う。しかし大人でも暴風雨は厳しい。雨に打たれ体を冷やしてはいけない。
「そろそろ戻ってくるだろう。せめてすぐお風呂に入れるようにためておこう」
家主が信用してくれているのかわからないが、赤の他人を部屋に残して居なくなっているこの状況に笑いがでた。
熱めの湯を湯舟にはる。
手と足を拭き、テレビを付けようと部屋に戻る。
ふと、本棚に古ぼけたアルバムが目に入った。昼頃見た時にはなかった。いや、有ったが目に入っていなかっただけなのか。
そのアルバムらしいものが気になって仕方がない。
手に取りアルバムをめくる。
フォトフレームで見た写真が並んでいる。パラパラと捲ると一人の少女が写っている写真がある。
「これはお嬢さんかな?随分とオシャレして顔が強張ってる」
みぬきと思われる写真を見て笑みがこぼれる。
色が白くその白さに、薄く引かれた紅が目立つ。
ん?
違和感を感じた。
写真自体が古いのだ。それと…
ガチャリ…
「もー雨が…、あ、牙琉検事起きてました?」
「おデコくん、雨でびしょ濡れじゃないか。お湯をためてるところだから温まっておいで」
「すみません。ちょっとお風呂に入ってきます。その後ご飯にしましょうか」
「そうだね。ぐっすり眠れたからお腹すいたよ」
王泥喜がお風呂に入っている間に、先ほど見ていたアルバムを元に戻す。
罪悪感が出てくるが抑え込む。
真実ではなく憶測での罪悪感なんておかしいじゃないかと、牙琉は己に言い聞かせた。
「小梅さんから貰った鯛を捌いて、鯛めしと鯛の粗炊き。それからほうれん草のお浸しと鯛の骨からだしをとったつみれ汁です。和食、と言うか茶色ばっかりですね」
「おデコくん、これ作ったの?」
お風呂から出て、テーブルに並べられて行く料理が豪勢過ぎる。急いで出てきたのか、王泥喜の髪は若干濡れていた。
「変ですか?」
「全然!スゴイじゃないか!早速食べようよ!」
「検事何でも感激し過ぎですよ」
キラキラと子供のように笑顔になる牙琉を見て、呆れつつも嬉しくなった。
「~!美味しい!コレは美味しすぎだよ!おデコくん!」
「作り過ぎたので、しっかり食べて下さい」
「おデコくん、おかわり!」
「本当に美味しそうに食べますね。作った側は嬉しいですけどね」
照れながらもお茶碗に鯛めしをよそう。
ほっこりした気分で王泥喜も粗炊きに、箸をつける。
臭みもとれて味もしっかりしみて、甘じょっぱい口当たりに安心する。
「すっかりお世話になってしまったね。ありがとう」
乾いた洋服に袖を通し、借りていたスウェットをたたむ。
「別に構いませんよ。俺も久し振りに楽しかったので」
「タクシーがソロソロくる時間だから、検事局に寄ってから刑事くんに賄賂を渡して帰るよ」
「あ、それでしたらコレを茜さんに。今日のご飯まだまだ余っているのでお裾分けです」
「きっと、刑事くんは喜んでくれるよ。何から何までスマナイね」
「検事が来るとみぬきちゃんが喜ぶので、今度はみぬきちゃんに会いに来てくださいね」
「そうだね。じゃ…」
玄関で見送る王泥喜の手を引き、牙琉の胸元に顔から突っ伏す。
な?慌てる王泥喜を余所に額に唇を落とす。
「オヤスミおデコくん」
パタン…と閉じた扉に視線を外せず、ぺたりとへたり込んでしまった。
え?検事…今なにして?
額に手を当て、顔を真っ赤にして呆然とした。
Alea iacta est
******
通り雨ではなく、季節外れの台風が来ている。
王泥喜は念のため、成歩堂なんでも事務所の所長事、みぬきにしっかりと戸締まりと今日のビビルバーへはナルホドさんに送り迎えしてもらうようにメールをする。
「雨…ヒドくなってきてますね。ってか茜さんから本当に連絡ないですね」
温かいお茶を入れ、牙琉の前に出す。
「多分今日1日はないと思うよ」
ふぅふぅと吹きかけ、表面の温度を下げお茶を飲む。
「はぁ?」
「刑事くんは空気を読めるからね。まぁいいじゃない」
「まぁ俺は雨のせいで外に出られないので、牙琉検事が気の済むまで雨宿りしていっても構いませんよ」
「いいの?」
「検事が嫌でなければ。それに台風が来ているのに、洋服が乾いたから速攻帰ってください。なんて流石に俺も鬼じゃないんで」
「ありがとう。おデコくん」
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気がついたら少し眠っていた。
ブランケットがかけられて、テーブルが移動している。
おデコくんはその間、掃除と洗濯をしていたみたいで、僕の洋服が掛けられていた。
湿気が篭もらないように、除湿機が稼働している。でも喉は乾燥していない。きっと様子を見ながら調節してくれているんだろう。
心地よい感覚で、また眠気が来る。
今はこの贅沢な時間をゆっくり楽しむ。
「疲れてるんですから、俺に構わないでゆっくり寝てください。茜さんから連絡が来たら起こしますから…」
***
醤油のいい香りがした。
目を開けていく。随分と深く眠ってしまったみたいだ。
時計を確認すると20時。本当に熟睡していた。牙琉の洋服はハンガーに掛けられ、シャツはアイロンがかかっている。
「女子力あり過ぎだね」
部屋中を探しても王泥喜の姿が見えない。
テーブルの上に置き手紙があり、
『みぬきちゃん達のご飯が心配なので、ちょっと届けてきます。』
とあった。
台風が来るっていうのに誰かの心配をして、自分のことは後回しで王泥喜らしいと思う。しかし大人でも暴風雨は厳しい。雨に打たれ体を冷やしてはいけない。
「そろそろ戻ってくるだろう。せめてすぐお風呂に入れるようにためておこう」
家主が信用してくれているのかわからないが、赤の他人を部屋に残して居なくなっているこの状況に笑いがでた。
熱めの湯を湯舟にはる。
手と足を拭き、テレビを付けようと部屋に戻る。
ふと、本棚に古ぼけたアルバムが目に入った。昼頃見た時にはなかった。いや、有ったが目に入っていなかっただけなのか。
そのアルバムらしいものが気になって仕方がない。
手に取りアルバムをめくる。
フォトフレームで見た写真が並んでいる。パラパラと捲ると一人の少女が写っている写真がある。
「これはお嬢さんかな?随分とオシャレして顔が強張ってる」
みぬきと思われる写真を見て笑みがこぼれる。
色が白くその白さに、薄く引かれた紅が目立つ。
ん?
違和感を感じた。
写真自体が古いのだ。それと…
ガチャリ…
「もー雨が…、あ、牙琉検事起きてました?」
「おデコくん、雨でびしょ濡れじゃないか。お湯をためてるところだから温まっておいで」
「すみません。ちょっとお風呂に入ってきます。その後ご飯にしましょうか」
「そうだね。ぐっすり眠れたからお腹すいたよ」
王泥喜がお風呂に入っている間に、先ほど見ていたアルバムを元に戻す。
罪悪感が出てくるが抑え込む。
真実ではなく憶測での罪悪感なんておかしいじゃないかと、牙琉は己に言い聞かせた。
「小梅さんから貰った鯛を捌いて、鯛めしと鯛の粗炊き。それからほうれん草のお浸しと鯛の骨からだしをとったつみれ汁です。和食、と言うか茶色ばっかりですね」
「おデコくん、これ作ったの?」
お風呂から出て、テーブルに並べられて行く料理が豪勢過ぎる。急いで出てきたのか、王泥喜の髪は若干濡れていた。
「変ですか?」
「全然!スゴイじゃないか!早速食べようよ!」
「検事何でも感激し過ぎですよ」
キラキラと子供のように笑顔になる牙琉を見て、呆れつつも嬉しくなった。
「~!美味しい!コレは美味しすぎだよ!おデコくん!」
「作り過ぎたので、しっかり食べて下さい」
「おデコくん、おかわり!」
「本当に美味しそうに食べますね。作った側は嬉しいですけどね」
照れながらもお茶碗に鯛めしをよそう。
ほっこりした気分で王泥喜も粗炊きに、箸をつける。
臭みもとれて味もしっかりしみて、甘じょっぱい口当たりに安心する。
「すっかりお世話になってしまったね。ありがとう」
乾いた洋服に袖を通し、借りていたスウェットをたたむ。
「別に構いませんよ。俺も久し振りに楽しかったので」
「タクシーがソロソロくる時間だから、検事局に寄ってから刑事くんに賄賂を渡して帰るよ」
「あ、それでしたらコレを茜さんに。今日のご飯まだまだ余っているのでお裾分けです」
「きっと、刑事くんは喜んでくれるよ。何から何までスマナイね」
「検事が来るとみぬきちゃんが喜ぶので、今度はみぬきちゃんに会いに来てくださいね」
「そうだね。じゃ…」
玄関で見送る王泥喜の手を引き、牙琉の胸元に顔から突っ伏す。
な?慌てる王泥喜を余所に額に唇を落とす。
「オヤスミおデコくん」
パタン…と閉じた扉に視線を外せず、ぺたりとへたり込んでしまった。
え?検事…今なにして?
額に手を当て、顔を真っ赤にして呆然とした。
Alea iacta est