
一瞬すぎてわからなかった。
あの人は多分感謝のつもりだったのだろう。
でも、でも実際俺はドキドキしている。
心臓と頭が爆発しそうで、玄関先にペタリとへたり込んで暫く動けなかった。意識…しちゃダメだ。あの人は、誰にでも優しいんだ。
優しい…納得出来るけど、胸が苦しい。
なんでだろう。
理由なんて分かるはずもないのに、唇を落とした額に手を当て少しだけ口元が緩んだ。
翌日はすごく晴れ、台風の名残の少し強い風が心地よい。
朝一で洗濯物を干し、支度をする。
昨日の鯛めしはお昼ごはん用にお握りにしてお弁当箱に詰める。ご飯が豪華だからオカズは無くてもいいかな?と考えながら冷蔵庫を見る。
冷蔵庫の隅っこにメザシを発見し、ガスコンロで少しだけ炙り中に火が入ったことを確認して、お握りの隣に添えた。
卵焼きも入れたかったが、時間的に諦める。
時計を見ると8時20分を指していた。
今から出て丁度いいだろう。鞄を背負い鍵を掛けなんでも事務所へ向かった。
「おはようございます」
鍵をドアノブに刺し、ガチャと音を立る。
事務所の中は真っ暗でまだ誰も来ていない。
何時もならみぬきちゃんを見送って、寛いでいるはずなのに…。
不思議に思いながら灯りをつける。
…気配がない。取り敢えず連絡をするために携帯を出しナ行から成歩堂の電話番号を選択し、発信した。
何度かコール音がなり、切ろうとした瞬間に声がした。
「もしもし、ナルホドさんですか?」
「あー、オドロキくん…?今日は…休みでいいよ」
「はい?なんだかナルホドさん声が掠れてますよ」
「僕は平気。ちょっと風邪引いただけだからさ」
「ナルホドさん熱はどうですか?みぬきちゃんは大丈夫ですか?」
「みぬきは平気だよ。僕は…アレだ。カゼゴロシZがあるから平気。オドロキくんが風邪引くと大変だから、今日は休んでいいからね」
「来てしまったので、雑務をしてます。万が一依頼があると困りますからね」
「真面目だね…。まぁ任せるよ。じゃあね」
やる気のない、いや多分相当体がキツいのか、言うことを言って電話を切られる。
まぁ出勤してるし、資料を片付けながら掃除をしよう。みぬきちゃんは平気って言ってたし、みぬきちゃんが帰る頃にご飯を作って待ってよう。
ここ、成歩堂なんでも事務所の所長が担当した裁判の資料を読み耽る。
女性でとても頭の回転が速く、依頼人を常に考える素晴らしい人だった。と聞き及んでいた。
それを表すように、彼女の資料は丁寧に読みやすくかつ、分かりやすく纏められている。
「勉強になる」
ただただ一言その言葉しか出て来ない。
自分のデスクに山のように資料を積み上げ、一字一句食い入るように読み耽った。
気がつくと時計が14時を知らせていた。
結局この時間帯でも依頼は来ないのか…と少し悲しくなり、気分転換にお昼を外で食べようとお握りを抱え事務所に鍵をした。
公園で日向ぼっこしながらお昼ご飯も乙なものだ。と少しだけウキウキしながら、自転車に荷物を詰め事務所を後にする。
風が気持ちいい。時折強く吹く風にのれば飛べるのではないか?とも錯覚してしまうほど。
公園に着いて木陰のベンチでお弁当を広げる。のどかに時間が流れる。
「あれ?成歩堂さんとこの子!」
聞き慣れた声がした。
白衣と化学薬品を大量に詰めたバッグが特徴のある、見知った人物が現れる。
「茜さん。仕事ですか?」
「んー、今やっと現場検証が終わってひと段落ついたからご飯なの」
「よかったらどうです?俺だけだと量が多いので」
鯛めしのお握りを差し出し、隣へどうぞと席を詰める。
「え?いいの?頂いちゃお」
「大したものでは無いですけど」
どれが大きいかなー。美味しそうねー!と鼻歌交じりでお握りを選ぶ。
「あー、コレね!ジャラジャラ検事が言ってたの」
「ジャラジャラ?」
「そ。ジャラジャラ検事がね、ナルホドさんとこの子から美味しいて料理をご馳走になったって朝から煩いのよね。だからかりんとうぶつけてきたワケ」
朝からテンション高いとウザいのよね。ジャラジャラ検事は。ヒラヒラ検事みたく優雅にして欲しいもんだわ。とお握りにしてあるラップの包みを取った。
「大袈裟ですね…」
昨日の夜の事を少しだけ思い出し、顔が赤くなる。
額に落とされた唇の感触がじわりじわりと蘇る。
「でもね、凄いはしゃいでたのよ。写メ撮って送ってあげたかったわ」
「送られても困りますけどね…」
しかし美味しいわね。今度何か作ってよ。と、お握りを頬張りながら、茜さんはドンドン食べてくれた。
はしゃいでた?嬉しかった?
そんなに嬉しかったのか?俺的には久し振りに一人のご飯じゃなくて嬉しかったけど、俺のご飯であそこまで喜ぶなんて、感受性が豊かすぎる。
やっぱり牙琉検事は宇宙人だ…。
続く